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大阪高等裁判所 平成5年(う)538号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一六〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人増田健郎、原田裕、岩﨑利晴連名作成の控訴趣意書に記載のとおり(但し、控訴理由は訴訟手続の法令違反の主張であると釈明した。)であり、これに対する答弁は、検察官岩橋廣明作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、要するに、本件の身辺開示検査は令状主義の精神を没却する重大な違法性を帯びたものであるから、その際に得られた本件ヘロインはもとより、これに引き続き収集された被告人の大蔵事務官に対する各質問調書並びに司法警察員及び検察官に対する各供述調書は、違法収集証拠として証拠能力が否定されるべきであるのに、原判決がこれらを証拠として採用したのは判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反である、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも併せて検討する。

一  本件は、タイ王国から航空機で帰国した被告人が着ているパンティー内の下腹部付近にヘロイン約0.27グラムを隠匿して本邦に持ち込むとともに、これを通関手続を経ることなく輸入した事犯であるが、関係証拠によれば、次の事実が認められる。

1  被告人(昭和三五年生れの独身女性)は、平成三年一一月二四日午後三時五三分ころ、タイ国際航空六二二便で大阪国際空港に到着したのち、午後四時一〇分ころ、同空港内の大阪税関伊丹空港税関支署入国検査場五番ブースで、同支署大蔵事務官阿部敏之から入国に伴う旅具検査を受けた。被告人は、その際申告物件の有無のほか本邦に持ち込めないものを所持していないかを同事務官が確認したところ、自ら携帯する二個のバッグを進んで開けるなど検査を早く終らせたい素振りを示したばかりか、タイ王国への渡航歴が多数回あり、また、税関内部で要注意人物の一人にリストアップされていたことが判明したため、阿部事務官は同支署旅具第二検査場で厳重検査を実施する必要があると判断し、同支署大蔵事務官井上寛一に検査を引き継いだ。井上事務官は被告人に対し第二検査場で引き続き検査をしたいと告げ、その了解を得て入国検査場に隣接する第二検査場に同行した。

2  井上事務官は、午後四時二〇分ころ、第二検査場で被告人に麻薬等を所持していないかを尋ねた後、同支署大蔵事務官藏本賢司とともに被告人のバッグの検査を始め、その結果、ボストンバッグ内のジーンズのポケットに黄色の錠剤三〇錠が紙片に包まれて入っているのを発見した。この錠剤の入手経路についての質問に対し、被告人は、当初、じんましんの薬で大阪の薬局で購入したものであると答えたが、その後、タイの友人にもらったものであると供述を変えた。そこで被告人の了解を得たうえ、マルキース試薬を用いて右錠剤の仮鑑定をすると、覚せい剤を含有する際に示す赤褐色の反応を呈し、本鑑定に回す必要が生じたため、これを被告人に任意提出させた。同支署旅具取締部門統括監視官長尾宏(以下、長尾統括官という。)は井上事務官からその経過報告を受け、被告人が更に身辺に麻薬を分散隠匿している可能性があると判断し、同事務官に被告人の了解を得て身辺開示検査を実施するように指示した。しかし、当日は日曜日で同支署の女子職員が不在であったことから、長尾統括官は日本航空株式会社旅客部の現場責任者(同旅客部課長補佐綾部健太郎)に事情を説明して女子職員の派遣を依頼した。これに応じて同社旅客部職員小堀由美子(当時三三歳)が午後五時二〇分ころ第二検査場に赴いたが、その際、長尾統括官から「タイ航空で入国した女性が麻薬を所持している疑いがあるので検査をしてほしい。税関の女子職員がいないのであなたに頼みました。彼女にはすでに説明済みで承諾を得ているから、取調室でスノコに上がってもらい、下着も脱がせて全部チェックしてください。」との指示説明がなされた。

3  小堀は長尾統括官が提供した白衣を着用し、椅子に座り待っていた被告人とともに第二検査場の調室2に入った。井上事務官がドアを少し開けて近くで待機するうち、小堀は被告人に対し、スノコに上がって服を脱ぐよう指示し、これに従い被告人が靴を脱いでスノコに上がり、着用していたジャケット、キュロットスカート、ブラウス、パンティーストッキングを順次手渡すのを、小堀は受け取りながら不審物の有無を確かめ、ブラジャーとパンティーだけの姿になった時点で、被告人から「下着も。」と聞かれ、「はい、下着もです。」と答えた。しかし、被告人がブラジャーを外し小堀に渡したあと、「今、生理中なので。」とパンティーを脱ぐのをためらったので、小堀は、「じゃあ、後ろを向いてちょっとずらしてください。」と言い、後ろ向きのままパンティーを臀部の下までずらすだけに止め、結局、不審物を発見するには至らなかった。小堀は被告人に服を着てもらい、午後五時三〇分ころ検査を終えた(以上を、「第一次身辺開示検査」という。)。

4  小堀は、長尾統括官に不審物を発見できなかったこと及び被告人が生理中であると言っていることを報告して第二検査場を退出した。その後井上事務官が、調室2の隣りの調室1において、二〇分ほど被告人に対し、黄色の錠剤の入手先などにつき事情聴取を進めるとともに、その任意提出書を作成してもらったが、長尾統括官は、女性の中には通関に際し生理中を装って麻薬類を隠し持つ例があることから、生理用品を検査する必要があると判断し、被告人に対し、使用中の生理用品を新しいのと取り替えて提出してほしいと申し入れた。これを承諾した被告人は、調室1に一人残ったが、手間取っているように見受けたため、二、三分して長尾統括官がドアをノックして催促をすると、被告人は慌てた様子で入室を応諾し、生理用ナプキンを長尾統括官に差し出した。これを検査した長尾統括官は生理中といいながらその形跡は認められなかったものの、麻薬等の不審物の存在は認められず、被告人を退場させるよう指示した。

5  被告人は午後六時ころ第二検査場を退出したが、その直後、井上事務官が被告人の出たあとの調室1を調べると、同室は毎朝掃除婦がごみ箱のごみを回収しているばかりか、当日外部の者で同室を使用したのは被告人だけであるのに、入口近くのごみ箱の中に茶色ビニール袋が捨てられているのを発見し、そのビニール袋の中に薬物らしき粉末(後にヘロイン約0.76グラムと判明)が入っているのが認められた。そこで、長尾統括官は再度被告人に事情を聞く必要があると判断し、井上事務官に被告人を呼び戻すように指示した。それと同時に藏本事務官に調室1をもう一度念入りに調べるように命じ、同事務官は同室のソファーの座面の裂け目の中に銀紙四枚、紙片一枚及びプラスチック板一枚が隠されているのを発見した。その間に井上事務官が到着ロビー付近にいた被告人に追い付き、「もう一度聞きたいことがあるので、来てください。」と説得して第二検査場に連れ戻した。そして井上事務官は調室1において、被告人に茶色ビニール袋を示して「先ほどごみ箱に捨ててあったが、あなたが捨てたものではないか。」と問いただしたが、被告人は自分の物でないと強く否認した。しかし、井上事務官が被告人の面前で右茶色ビニール袋入りの粉末をマルキース試薬で仮鑑定したところ、ヘロイン特有の青紫色の反応を呈した。

そのころ長尾統括官は、豊中警察署大阪国際空港警備派出所に右経過を電話連絡したうえ、被告人が他に薬物を分散隠匿している可能性があり、再度身辺検査をする必要があると判断し、井上事務官に対し被告人からその了解を取るように指示するとともに、日本航空旅客部の前記現場責任者にヘロインが発見された経過を説明して小堀の再派遣を要請した。これに応じて小堀は再び第二検査場に赴き、長尾統括官から「生理中だということだったので、先ほどの女性に新しいナプキンと取り替えるように言うと、着替えている部屋のごみ箱から麻薬が出てきた。他にも持っているはずだから、もっとしっかり見てほしい。」旨指示説明を受けた。

6  小堀は再び白衣を着用したうえ、午後七時一〇分ころ被告人と一緒に調室2に入り、スノコの上で自ら着衣を脱ぎ始めた被告人からジャケット、キュロットスカート、パンティーストッキング、パンティーを順次受け取ったが、そのときの状況は、小堀の原審証言によると、「パンティーストッキングを脱ぐとき、ちり紙のくず状のものがぼろぼろとスノコの上に落ち、一回目のときの脱ぎ方と違い被告人は、パンティーの方を先にさっと右手だけを使って脱ぎ、左手をまだ着ていたブラウスの中に隠す仕種をした。次いで、被告人はブラウスをたくし上げたが、そのときビニールの擦れるような音がした。そして、ブラウスが右手首に裏返しに引っ掛かったため、右手のボタンを外すのを手伝ってブラウスを受け取ると、右手を後ろにぱっと回し、今度は両手を広げて何も持っていないことを示す動作を見せるなどし、最後にブラジャーを外して全裸になったが、被告人は生理用品はつけていなかった。」というのである。その一連の挙動に不審を抱いた小堀は、被告人に「後ろを向いてください。」と促したが、これに応じなかったため、被告人の背後をのぞき込むと、被告人が臀部のあたりから、ビニール袋を差し出したので、これを受け取って事務机の上に置き、被告人に服を着用するように指示して、検査を終了した(以上を、「第二次身辺開示検査」という。)。

7  被告人が服を着用し終ったころ、小堀に対して「お願い、見逃して。」と言い、机の上の右ビニール袋を手に取ったため、小堀が調室の外にいる税関職員を呼んだところ、少し開けたドアの近くで待機していた井上事務官が直ちに入室して右ビニール袋を被告人から受け取り、被告人は調室1に移動して同事務官の質問を受けた。右ビニール袋の中に入っていた粉末(本件のヘロイン約0.27グラム)を井上事務官がマルキース試薬で仮鑑定したところ、ヘロインの反応を示す青紫色を呈したため、午後七時三〇分ころ、これを現行犯事件の犯則物件として差し押えた。そのころ豊中警察署警察官千原治義は、長尾統括官からすでに同署大阪国際空港警備派出所に入っている前記連絡に基づき大阪税関伊丹空港税関支署に臨場し、阿部事務官及び長尾統括官から一連の経過について確認を進め、午後一〇時二四分ころ、井上事務官の被告人に対する質問が終ったのを機に、被告人に対し事情聴取を始めた。被告人は、右差押えにかかるビニール袋入りのヘロインのほか、当初否認していた調室1のごみ箱から発見された茶色ビニール袋入りヘロインも自分の物であると認めるに至ったため、同警察官は午後一〇時五〇分ころ、これらのヘロインを本邦に取り降ろして輸入した容疑で被告人を緊急逮捕した。

以上の経過が認められ、これに反する被告人の原審及び当審公判廷における供述は他の関係証拠と対比して信用できない。

二  以上の経過を踏まえながら、所論の主張する本件身辺開示検査の違法性の有無につき検討する。

1  本件の身辺開示検査は第一次、第二次とも関税法一二〇条に基づいて実施されていることが明らかであるが、同条は「税関職員は、犯則の事実を証明をするに足りる物件を身辺にかくしていると認められる者があるときは、当該物件の開示を求めることができる。」と定めている。これによれば、税関職員は犯則物件を身辺に隠していると認められる者に対しその物件の開示を請求する権限を有する。しかし、この権限は犯則事実を調査するための任意の手段であり、強制力を伴うものではないことは、同条の文理のみならず、関税法の沿革に徴しても、明らかである。すなわち、旧関税法(明治三二年法律第六一号)八五条では「税関官吏ハ犯則ノ事実ヲ証明スルニ足ルヘキ物件ヲ身辺ニ蔵匿スル者アリト思料シタルトキハ其ノ開示ヲ求メ若之ニ従ハサルトキハ身辺ノ捜索ヲ為スコトヲ得」と定められていたが、その後昭和二二年法律第二九号により同規定中「其ノ開示ヲ求メ若之ニ従ハサルトキハ身辺ノ捜索ヲ為スコトヲ得」を「其ノ開示ヲ求ムルコトヲ得」に改め、昭和二九年法律第六一号による旧関税法の全面改正で現行のとおりなったものである。したがって、同条による身辺開示検査は、相手方の承諾のもとになされるべきであって、これを強制して行うことは許されない。

2  そこで本件身辺開示検査の適否を考えると、所論は、被告人は税関職員から身辺開示検査の目的、内容、方法の説明を受けておらず、したがってその検査がどのようなものかを理解しておらず、ましてやこれに同意していたと認めることのできる事情は存しないのに、被告人が検査の内容等を理解し、これに同意していたと認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があると主張する。確かに、身辺開示検査は相手方の承諾のもとで行われるのであるから、その承諾は、明示たると黙示たるを問わず、真意に基づくことが必要であり、そのためには、相手方が身辺開示検査の目的、内容等を理解し、これを拒絶できることを知っていることが前提となる。しかして、本件では、第一次及び第二次身辺開示検査に際し、事前に税関職員が被告人に対してその検査の目的、内容等を具体的に説明しておらず、被告人もまたこれについて説明を求めるなどの行為に出ていないことが認められる。このような場合、税関職員としては、被告人が身辺開示検査の目的、内容等を理解し、それに同意しているか否かを確認するために、検査の目的、内容等を説明したうえで、その意思を確認することが望ましいのであるが、検査を受ける相手方の言動など四囲の状況から、その検査の目的、内容等を理解し、これに同意していると認められる場合には、その説明をしなかったとしても、所論のように身辺開示検査が違法となるものとは解せられない。

まず、第一次身辺開示検査について見ると、長尾統括官の原審公判廷における証言によれば、井上事務官が被告人に対し「身辺開示検査をさせてほしい。」と告げたところ、被告人はうなずいていたことが認められるうえ、小堀から「スノコに上がってください。」「検査をしますので服を脱いでください。」と指示されて、被告人はなんら抵抗することなく、これに応じており、また被告人自身原審公判廷で、井上事務官から身辺検査か身体検査を実施する旨を言われたことを認めているのである。もっとも、被告人は原審公判廷で、第一次検査の際に調べ室に入ってすぐ小堀に「これは強制ですか。」と尋ねると、小堀が「はい。」と答えた旨供述している。しかし、小堀は原審公判廷で、そのような問答の存在を否定し、「彼女はタイ人かフィリピン人だと思っていたので、そういう難しい(「強制」という)言葉は絶対通じないと思っていますし、全部税関が説明済みということでしたので、特に私の方から何の説明もしませんでした。」と証言しているのであって、被告人の右供述は、右の小堀証言と対比して信用できないところである。そして、被告人が全裸に近い状態になりながらも、小堀に生理中であると言って本件ヘロインの発見を免れている状況を併せて考えると、被告人は井上事務官に身辺開示検査を求められた時点で、自分の置かれている立場、つまり自分が麻薬を隠し持っていると疑われていることが分かり、これを拒否して自ら疑いを濃くするよりも、税関職員の求めに応じたうえ、本件ヘロインを何とかうまく隠して発見されなければよいと考え、井上事務官の身辺開示検査の求めを承諾したと見るのが相当であって、結局、被告人は身辺開示検査の目的、内容等を理解したうえ、これに同意したものと認められる。

次に、第二次身辺開示検査について見ると、被告人はすでに第一次身辺開示検査を受け、如何なる検査であるかを身をもって体験したばかりであり、しかも、ごみ箱から不審物が発見され、再度検査をするのであるから、第一次検査より更に厳重に検査されるであろうことは当然予想されるところ、被告人は調室2に入ると、小堀からなんら指示されていないにもかかわらず、自ら着衣を脱ぎ始めているのである。のみならず、小堀は原審でその際の状況につき「被告人はパンティーをサーッと脱いでしまったんで、私もアッと思って、最初と違うなと思ったんですけど、こちらがもう圧倒されるぐらいにサーッとこう、パンツを脱いだんですね。」と証言している。このような状況に照らすと、被告人は麻薬類の隠匿を疑われている以上、身辺開示検査を拒絶するのは得策でなく、最初の検査の時と同じように、小堀に発見されないようにすばやく本件ヘロインを隠匿すれば助かると考え、小堀が驚くほど早くパンティーを脱いだものと認められるのであって、以上によれば、被告人は第二次身辺開示検査についてもその目的、内容等を理解し、これに同意していたと認めるのが相当である。したがって、この点に関する所論は採用できない。

3  次に、所論は、本件身辺開示検査を民間人である日本航空の女子職員の小堀に主体的に行わせたのは、違法であり、原判決が小堀を身辺開示検査の立会人と認定したのは判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認であると主張する。しかし、小堀は所論のように自ら主体となって被告人の身辺開示検査を行ったものでなく、長尾統括官の具体的な指示に従いその指示のとおり行ったに過ぎないことは前記認定の経過から明らかである。小堀の意識としても、自らの意思と判断で被告人の身辺開示検査を行ったものでないことは、その証言に照らし疑う余地がない。のみならず、調室2には小堀と被告人のみが入室したが、井上事務官が同室のドアを少し開いて近くで待機し、事態に応じて具体的な指示を出せるような位置に居たことをも考慮すると、小堀は税関職員の手足ないし補助者として被告人の身辺開示検査を行ったと認めるのが相当である。この点につき原判決は、小堀が主体的に被告人の身辺開示検査を実施したものではないことを肯認しながらも、小堀を税関職員が実施する身辺開示検査の立会人であったと認めるのが相当であると判示し、このような立会人に身辺開示検査の一部又は全部を実施させることは、関税法一二九条四項の趣旨に照らし許されるから、小堀が身辺開示検査を行なったことに違法性はないとの判断を示している。しかし、同条項が、女子の身体について捜索する場合は、成人の女子の立会いを必要とするとしたのは、女子の名誉に関する特殊性にかんがみ、これを保護しようとするものであって、同条項にいう立会いは捜索を受ける女子の側に立ってその処分行為を見守る立場にあるというべきである。そうであれば、小堀は税関職員の意向に従って検査を行っているのであるから、同女を立会人と見るのは相当とはいえない。しかし、長尾統括官が小堀に被告人の身辺開示検査を依頼したのは、当日が日曜日で税関の女子職員が不在であったため、人権への配慮から、女性である被告人の身辺開示検査を男性の税関職員に実施させるのは相当でないとの判断によるものである。このように、本件では、女性である被告人の名誉、性的羞恥心に配慮するため、被告人の身辺開示検査を女性の小堀に行わせる措置を講じたものであることを併せ考えると、小堀を税関職員の手足ないし補助者として本件身辺開示検査を行わせたことに違法があるとはいえず、原判決が小堀を立会人と認定した点も、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認に当らない。結局、この点に関する所論も採用できない。

4  しかして、本件では、被告人が第一次身辺開示検査でパンティー一枚の姿になったうえこれをずり下げて検査を受けており、次いで、第二次身辺開示検査では結局全裸の状態になって検査を受けているのであるが、この点につき原判決は、「被告人が検査の目的、内容等を理解し、これに同意していたことは前記認定のとおりであるが、このような同意があればいかなる検査も許容されるというものではなく、その検査が身体上及び精神上に及ぼす影響を考慮し、その方法、程度が社会的に相当と認められるものであることが必要であると考えられるところ、女性を全裸又は全裸に近い状態にすることは、その性的羞恥心を害する大きさからみて、同意によって許容される検査の限界を越えているというべきであり、この点においては、弁護人らの指摘のとおり、違法性を帯びているといわなければならない。」と判示している。ところで、長尾統括官の証言によれば、小堀に被告人の下着まで検査することを依頼したのは、職務上の経験から、昨今の麻薬類の密輸の手口が巧妙悪質化し、麻薬類を下着又は生理用品のナプキンの中に隠したり、或いは膣や肛門内に隠すなどの方法が取られることが多く、実際上、下着の下までも調べなければ麻薬類の発見をするのは困難であるとの考えによることが認められる。しかし、この種犯則事犯の実態及びその発見の困難性があるにせよ、いわゆる身辺開示検査は強制によるものではなく、その検査を行うに当っては、本人の自由意思に基づく承諾があることはもとより、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において許容されるものと解されるところ、本件のように全裸ないしそれに近い状態での身体検査は、その方法・程度から見て、社会通念上同意によって許容される検査の限界を越えているといわざるを得ず、本件身辺開示検査を任意検査とする限りにおいては、これを違法とする原判決の判断を是認することができる。

三  次に、本件身辺開示検査の違法性の程度について検討すると、本件ヘロインは第二次身辺開示検査の際に発見、収集されたものであるが、所論は、第二次身辺開示検査は第一次身辺開示検査によりもたらされた状態を直接利用して行われたものであるから、第一次検査の違法は第二次検査の違法にも重大な影響を及ぼすと主張する。確かに、本件身辺開示検査は第一次、第二次とも被告人の麻薬等の薬物の犯則事犯の調査という同一目的のために行われている。しかし、被告人が第一次検査により不審物の隠匿所持が認められないとして第二検査場を退出した後、調室1のごみ箱から茶色のビニール袋が発見されたことが契機となって、被告人を説得のうえ到着ロビーから再び第二検査場に呼び戻し、右ビニール袋について質問したところ、被告人が自己の物であることを否認したことなどから、更に身辺に薬物を分散し隠匿所持している可能性があると判断し、第一次検査に先立ち検査済みの二個のバッグを改めて厳重検査するなどしたうえ、被告人の了解のもとに第二次検査が実施されたものである。このように、第二次検査をする契機となった事情は第一次検査のそれとは別個のものであって、第一次検査を直接利用して行われたものでないから、第一次検査の違法は第二次検査の違法に影響を及ぼすものとはいえない。

そして第二次身辺開示検査の違法性の程度を見ると、長尾統括官が再度被告人の身辺開示検査を実施したのは、被告人が入国検査場五番ブースで自ら進んで二個のバッグを開披し、早く検査を終えたい素振りを示していたこと、これまでタイ王国に頻繁に渡航していること、税関内部で要注意人物の一人に挙げられていたこと、ジーンズのポケットに覚せい剤反応を呈する黄色錠剤三〇錠を入れていたが、その入手経路などに関する被告人の弁解が変転し不自然であったこと、被告人が退出した調室1から茶色ビニール袋が発見され、その内容物がヘロインの反応を呈したこと、被告人がこれを所持していたことを否認したことなどから、他にも身辺に薬物を分散し隠匿所持している可能性があると判断したことによるものである。ことに、被告人が調室1で生理用品の提出に手間取っていることから、長尾統括官がドアをノックして催促したとき、被告人が慌てた様子であったうえ、当日同室は外部の者では被告人しか在室していないのに、被告人の退出直後にごみ箱の中から茶色ビニール袋が発見されたことなどに照らすと、茶色ビニール袋は被告人が投棄した疑いが濃厚であり、被告人が更に麻薬類を身辺に分散し隠匿所持しているのではないかと疑うに足りる状況が存在したことが認められる。このように、茶色ビニール袋が発見されその内容物がヘロインの反応を呈した時点で、警察に通報して身体の捜索令状及び身体検査令状の発付を得ることができる程度の嫌疑が存在したが、それらの令状の発付を得るまで通常かなりの時間を要することから、緊急に身辺開示検査を行う必要があったものと認められる。しかも、右時点では、現に犯則を行い、又は現に犯則を行い終った際に発覚した事件として、関税法一二三条一項により強制的に捜索をすることも可能であった事案であるが、税関職員はあくまでも任意の調査として被告人の同意のもとに、第二次身辺開示検査を行ったものであって、そこには、令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があったとは認められず、法規からの逸脱の程度も大きい事案ではない。のみならず、その検査の実施に際しても、被告人に対して税関内にとどまることを強要する言動がなかったことはもとより、被告人が検査の目的、内容等を理解し自ら着衣を脱ぐなどしており、検査自体には一切有形力の行使もない。そればかりか、個室を用い、利害関係のない民間会社の女子職員小堀由美子を手足ないし補助者として検査を行わせるなど被告人の人権に対する配慮もなされている。こうした事情のほか、本件犯行の重大性にかんがみると、本件第二次身辺開示検査の違法は、所論の各証拠の証拠能力を否定しなければならないような重大なものであるとはいえず、所論の各証拠を被告人の罪証に供することが、違法捜査抑制の見地から相当でないとは認められないから、右各証拠の証拠能力は否定されるべきではない。

四  以上のとおりであるから、本件身辺開示検査に令状主義の精神を没却する重大な違法があるとし、所論の各証拠の証拠能力を否定する主張は採用できず、原判決に所論のような訴訟手続の法令違反はない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条、刑法二一条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 内匠和彦 裁判官 西田元彦 裁判官 鈴木正義)

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